スーパー健常者、スーパー大人
あけましておめでとうございます。
今年もアスペルガー症候群について思うところを、徒然なるままに述べていきたいと思います。
026 スーパー健常者、スーパー大人
雨野カエラ
施設の職員は利用者のお手本になろうとするあまり、本当の自分を忘れて
健常者よりも健常者らしくふるまうスーパー健常者になってしまいがちです。
学校の先生は子どものお手本になろうとするあまり、本当の自分を忘れて
大人を越えたスーパー大人の役割をしてしまいがちです。
役割も大事ですが、なりきりすぎはよくありません。
齊藤コメント
ある中学校の先生の実践を紹介します。色々なことを教えてもらった先生でした。
この先生は、はじめてアスペルガー症候群の生徒(G君)を担任することになりました。G君の行動に最初は驚いたそうですが、日々、丁寧にかかわりを持つことで、少しずつ理解を深めていったそうです。G君も先生のことを信頼していました。私が特に勉強になったのは、G君をめぐるクラスメートとの対話でした。
「G君と接している時に、自分がどういう感情になっているのか、またどういう気持ちを持って接しているかということを、クラスメートに言葉で説明するんです。「G君の行動は、先生には腹立つなあ」などと、正直に。でもそれだけじゃないんです。次に「どうしてG君はそのような行動を取ったのか、考えてみよう」と投げかけるんです。理由が分かれば、腹が立った気持ちが、「あー、そうなんだ」と安心の気持ちに変わるかもしれないから。私は、G君の行動や気持ちを考えることは、生徒にとって大切な経験だと思うんです。生徒との対話は、G君が困った行動をしたその時、その場で行います。「G君、今、教室から出て行ったけど、どうしてだと思う?」なんて。すると考え出すんですよね。生徒のほうがしっかりしてる(笑)。色んな意見が出るんです。ある生徒が「こうだと思う」と言えば、別の生徒が「いや、こうじゃないのか?」とか」。
「そうやって、担任が疑問を抱いて悩んでいる姿や試行錯誤している姿を、意図的にクラスメートに見せていくんです」。
「自分の仮説を生徒達に伝えると、私と違う仮説を持っている生徒は「うーん」と首をかしげていたり、一方、私と同じ仮説の生徒は「うんうん、そう思う」と同意してくれたり。その場で議論をしちゃうんです。「イライラしていたんじゃないか?」とか「テンション高かっただけじゃないか」とか。そんな風に生徒と対話をしてきました。「G君は問題だよね」という責める雰囲気ではなく、みんなで分析する雰囲気になっていきました。分析しようとする姿勢は、相手を理解しようとすることだと思う」。
「日常的に生徒達とG君について対話をしていると、情報提供の数が格段に増えるんですよ。「こんなことしていたよ」とか「こんなことされた」とか。そういう情報があふれ出すと、担任はすごく楽になります。G君を常に見ている生徒、反対に、普段ほとんど関わっていないのに、でもちゃんと見ている生徒。そういう生徒の方が鋭いことを言ったりするんです」。
解説することはほとんどないでしょう。先生の言葉を読み返してもらえれば、意味が十分に分かると思います。中学校で教師は、時には強いリーダーシップを発揮しなければならないときがあるでしょう。そんな状況のなかで、教師自身の試行錯誤を見せることは、勇気がいることだったと思います。
この先生は、雨野さんのいうところの「スーパー大人」ではないですね。G君に対しても、クラスメートに対しても、対話のチャンネルが開かれているからです。
ある日、学校を訪問し、授業を参観させていただきました。G君は、何かに誘われるように席を立ち、教室内を歩き出しましたが、それで動揺するクラスメートは誰ひとりいませんでした。でも、無視しているわけではありません。次の指示が出たときに、一番そばにいた生徒が、小声で「G君、座ろう」と一言、簡潔に声をかけました。G君はそれをきっかけに、我に返り、授業に戻っていきました。
先生は、インタビューの中で、色々なエピソードをあげながらG君の気持ちを語っておりました。まずは入学当初、よく遅刻をしていたことについてです。
「雨降りの日は,学校に到着する時間が特に遅いんです。傘を差すと、周りの風景が遮断されて、自分の世界に入りやすいんじゃないかと思うんです。僕も何か分かるような気がするんです」。
風景もよく見て楽しんで欲しいし、学校にも遅刻しないで来て欲しい。この二つを同時に満たすために、先生は、どうされたか?
G君にアラーム付の時計を持たせて言ったのです。「G君、この時計のアラームがなるまでは、いつもどおり草や虫を見てて大丈夫。でもアラームが鳴ったら、朝の会まであと5分ということです。鳴ったら走ってね」と。作戦は成功しました。
先生は、玄関で心配しながら待っていたそうです。でも時間通り玄関に現れたG君を笑顔で迎えることができたのだそうです。
次は、冬のある日の授業中、G君が窓の外をボーッと眺めているときの先生の読み取りです。
「授業中、G君が窓の外を見ているんです。雪が降ってないか気にしているんだろうと思いました。「いつになったら、雪が降るんだろう」なんて考えているんだろうかって。すると、席を立って歩き出しました。でも予想していたから、注意しようと思う気持ちにはなりませんでした。ただフラフラしているだけだと思っっていたら、「何してるんだ、座りなさい」と注意していたと思うのですが、「G君、雪好きだもんな。今日は良い天気だな。空を見上げているってことは、雪降ってこないなぁって思っているんだろうなって気持ちを想像していたら、確認が済めばそのうち戻るだろうってことも想像できる。そして、本当に戻るんですよ。G君のそのような行動をいちいち取り上げて、指導の対象にしない。そのレベルのことは、今頑張ることじゃない。今頑張るのはそこじゃないと思ったんです」。
豊かな読み取りだなあと思いました。この先生の豊かな読み取りに触れ、たくさんの対話を積み重ねたクラスメートたちもまたいろんなことを学んでいたのだと思います。