雨野カエラの部屋(毎週月曜に更新!)

025 客観的事実と常識的概念

025 客観的事実と常識的概念

雨野カエラ

 僕の目から見ると非自閉の人々は、客観的事実よりも常識的概念を優先させているように見える。それは科学的でも物理的でもなく、この点において非自閉の人々は自閉圏の人々よりもミスをおかしやすいようにも見える。この齟齬がまずコミュニケーションの壁となる。

 さらに問題になるのは次のようなこと。自分の内にある信念も自閉圏の人は論理的に導かれた客観的事実として扱ってしまう。客観的事実なのだから他者にもそれが自明であると思ってしまう。外にある本来の事実も内にある「事実」も自明のことなのに他の人たちはどうしてわからないのだろう、わかってくれないのだろう。これがストレスになりかんしゃくにつながる。

 自閉の人たちは自分勝手にただ自己を主張しているのではない。あくまで客観的事実(と思っている)ことを表現しているにすぎない。外も内も事実として同列であり、その意味においては自閉の人たちは「開いている」。


齊藤コメント

 アスペルガー症候群の高校生F君との会話です。普段の悩みを色々と相談するために大学を訪れました。

 

F君「このあいだ、サラリーマンが出てくるマンガを読んだんです。そのサラリーマは遅刻したために、上司にひたすら謝っていました。そのとき、自分はこんな謝り方をしてこなかったなあ、と思いました」

齊藤「これまで、F君はどんな謝り方をしていたの?」

F君「僕は、わざと遅刻したわけではないということを相手にわかってもらうために、遅刻した
理由を詳しく説明していたんです。例えば、目覚まし時計が壊れていたとか」

齊藤「余計に相手は怒らない?」

F君「そうなんです。説明すれば説明するほど怒りますね。ちゃんと説明しているのに、どうして怒るのかわからないんです。別のマンガを見ていたら、僕みたいな謝り方をしている主人公がいました。遅れた理由をずっと説明しているんです」

齊藤「その主人公はどうなったの?」

F君「その後も、すごく叱られていました。僕と一緒です。僕の謝り方が間違っていたのはわかったんですが、どうして『すいません』と言い続けるのが良いのか、よく分からないんです。どうしてなんですか?」

齊藤「難しい質問だね。そうだなあ、怒っている人を燃えている家に、そしてF君を消防官にた  
    とえてみよう」

F君「はい」

齊藤「遅刻は“故意”ではないと説明する姿勢は、とても事実を重んじているように思える。F君にとっては、事実が大事なんだよ、きっと。火事の喩えでいえば、何が原因で火事になったのだろうと考えることに似ているかもしれない。もし消防官がホースも持たずに、燃えさかる家の中に入って現場を検証しようとするとどうなるかな?

F君「燃えちゃいますよ~」

齊藤「そうだよね。燃えちゃうよね。F君の謝り方はそれに似ていると思うんだ。実際、F君はもっと怒られて、大変なことになってきたでしょ。現場検証するためには、まず何をしなければならない?」

F君「えーと、火を消す、ですね」

齊藤「そうだよね。現場検証をすることは間違ってはいないんだよ。ただ、物事の順序の問題なんだ。怒っている人にとって、遅刻の理由はもはや二の次なんだ。『俺は怒っているんだ』ということ自体をF君に伝えたいわけ。『俺は、怒ってるんだぞ。心配もしたし、時間も損した。どうしてくれるのだ。お前は俺の気持ち分かっているのか!』ってね。だから、『すいません』って何度も謝るのは、火に水をかける作業に似ているんだ」

F君「あー、そうなんだ。人間って結構面倒ですね」

齊藤「ははは、そうだね。人は感情で動く生き物でもあるからね。相手の感情を想定してコミュニケーションはしなければならないんだ。事実だけで納得する人ばかりではないんだよ。『すいません』と頭を下げることで、自分がきちんと反省していることを態度で表すことになる。すると、相手の怒りの感情は徐々に収まってくるわけ。機嫌を取り戻した相手は、心に余裕ができるから、『で、どうして遅れたんだ?』と聞いてくるかもしれない。そのときに理由を話せば相手は怒らないよ」

F君「もし質問されなかったら、どうすれば良いですかね?」

齊藤「それは相手が理由に関心がないということだから、もう一度謝って、丁寧にお辞儀をして、その場から立ち去るのがいいんじゃないかな?F君の遅刻した理由が、故意ではなく不可抗力によるものだったとしても、理由に関心を持たない人には、必要のない情報なんだ。必要のない情報を説明することで、再び相手の時間を奪ってしまうと、また怒りが起動してしまうかもしれない」

F君「わー、それは怖いですね。なるほど。すごく分かりやすかったです。先生、メモ用紙とペンを借りてもいいですか?」

F君は、メモ用紙に「怒った人には、まず消火」と書いていました。

ニコニコとして、納得した様子でした。


 

今年はここで終わりです。読んでくださった方々ありがとうございました。
来年1月2日は、お正月のためお休みといたします。
1月9日から再開です。
来年もよろしくお願いいたします。